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宇都宮地方裁判所 昭和52年(ワ)122号 判決

原告

株式会社今商デパート

被告

斉藤幸次

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自金二六七万二、六五七円ならびにこれに対する昭和五一年四月一七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

訴外斉藤ヤス子は、つぎの交通事故によつて傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和五一年四月一六日午後一時三〇分頃

(二) 発生地 今市市今市四三二番地先国道上

(三) 加害車 普通貨物自動車(栃五六た第三、三〇八号)

右運転者 被告斉藤幸次

(四) 被害者 訴外斉藤ヤス子

(五) 態様 右国道上を横断歩行中の訴外斉藤ヤス子に衝突

(六) 結果 右事故により訴外斉藤ヤス子は骨盤骨折の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告斉藤幸次

被告斉藤幸次は、加害者を運転して前記国道を進行中、前方を注視せず、ブレーキ操作が不適当であつたこと等の過失によつて本件事故を惹起し、かつ自動車損害賠償保障法第三条の自己のために加害車を運行の用に供したものである。

(二) 被告斉藤チイ

被告斉藤チイは、昭和五一年四月一六日原告に対し、被告斉藤幸次の原告に対する損害賠償債務について連帯保証した。

3  損害

(一) 原告は、昭和四九年九月一日訴外株式会社今市商工ビルから、同訴外会社所有の七階建ビルの内二階部分を借受け、呉服およびベビー服の販売を専門にしている。

(二) 訴外斉藤ヤス子は、昭和四三年四月五日から有限会社タカラヤ呉服店に勤務していたが、原告が昭和四九年九月一日呉服の販売をはじめると同時に原告会社に取締役兼営業部長として入社し、呉服部を担当して現在に至つている。

(三) ところで、呉服の取引は難しく、呉服部には訴外斉藤ヤス子を含めて二名いるが、他の者が同訴外人に代つて取引をすることはできなかつたところ、同訴外人が本件事故によつて受傷し、その治療のため、昭和五一年四月一六日から同年六月一六日まで今市病院に入院し、同月一七日から同年九月一日まで同病院に通院して原告会社の業務に就労しなかつたため、その取引が減少して原告はつぎのとおり損害を蒙つた。

(四) 原告会社呉服部の昭和五一年二月、三月、四月の平均収益は金一七九万九、八七三円であつたところ、本件事故によつて訴外斉藤ヤス子が受傷した後の同年五月は金三三万九、八七四円、同年六月は金五八万七、二一五円と減収となり、右平均月収に比して合計金二六七万二、六五七円の損害が発生した。

4  よつて原告は被告らに対し、各自金二六七万二、六五七円ならびにこれに対する本件事故の翌日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告斉藤幸次が加害車を保有していたことは認める。その余はいずれも否認する。

3  同3の事実は知らない。

三  抗弁

1  免責

本件事故は、被告斉藤幸次が加害車を運転し、宇都宮市方面から日光市方面に向つて進行中、観光バスの陰からいきなり飛び出した訴外斉藤ヤス子を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車を同訴外人に衝突せしめたものであり、同訴外人は、本件道路が横断禁止になつていて至近距離に横断歩道が存在するにもかかわらず、その横断歩道を横断せずに横断歩道外を横断し、しかも横断歩道の信号が赤色を示しているのに横断を開始したものである。

なお、同訴外人は、横断を開始して衝突した地点は右横断歩道の東方約三〇メートルに所在する大出パン店前の路上であり、転倒した地点は該横断歩道上である旨供述するが、右供述は、乙第三号証の一、二(実況見分調書)に照らして明らかに事実に反する。

右のとおり、被告斉藤幸次は無過失であり、加害車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたから、免責されるべきである。

2  過失相殺

仮に被告斉藤幸次が免責されないとしても、本件事故の発生については、訴外斉藤ヤス子に前記のごとき重大な過失があるから、損害賠償額の算定にあたり、これを十分斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1および2の事実はいずれも否認する。

訴外斉藤ヤス子が横断を開始し衝突した地点は、乙第六号証(訴外斉藤ヤス子の司法巡査に対する供述調書)記載のとおり、前記大出パン店前の路上であり、転倒していた地点は横断歩道上であつて、その間の距離は約三〇メートルであり、また加害車が衝突後停止した位置は右衝突地点から西方約四〇メートルの地点である。したがつて、被告斉藤幸次は加害車を運転して、相当速度を出しており、乙第四号証の一(被告斉藤幸次の司法警察員に対する供述調書)に記載してある時速約四〇キロメートルは事実に反し、同被告が自己に有利になるよう嘘の供述をした可能性が強く、また右事実によると同被告が前方を注視していなかつたことおよびブレーキの操作が不適当であつたこと等の過失が認められる。

第三証拠関係 略

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任原因の存否について検討する。

1  被告斉藤幸次

(一)  被告斉藤幸次が加害車を保有していたことは、同被告と原告との間に争いがないところ、同被告において、本件事故発生当時の加害車の運行につき、運行支配を喪失し、運行利益の帰属者としての地位になかつたことの主張および立証がなされない本件においては、同被告は「自己のために自動車を運行の用に供する者」として自動車損害賠償保障法第三条の責任があるというべきである。

(二)  つぎに、被告斉藤幸次の民法第七〇九条による責任の有無について検討するところ、いずれも成立に争いない乙第三、四号証の各一、二、同第八号証、同第一〇号証、分離前の原告斉藤ヤス子ならびに被告斉藤幸次本人尋問および検証の各結果によれば、つぎの事実が認められる。

(1) 本件事故現場は今市市商店街の中心部であり、その状況は別紙図面のとおりであること。

(2) 本件道路の車道幅員は一〇・五メートルで、その両側に歩道が設けられており、車道および歩道の交通は頻繁であること。

(3) 本件道路は、路面はコンクリート舗装がなされていて平坦であり、本件事故現場の東西それぞれ約一五〇メートルは略直線であつて、見通しは良好であること。

(4) 本件道路は、速度制限が毎時四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみだし禁止、駐車禁止および歩行者横断禁止の交通規制がなされていること。

(5) 被告斉藤幸次は、本件事故当日加害車を運転して、本件事故現場を宇都宮市方面から日光市方面に向い時速約四〇キロメートルで走行中、道路右側部分に六〇ないし七〇メートルの間連続して自動車が停止しており、別紙図面の地点付近まで進行したところ、道路右側部分の「甲地点付近に停止していた大型観光バスの後方の〈ア〉地点付近から、道路左側の商店において食料品を買うため同店に行くべく道路を横断しようとした訴外斉藤ヤス子を発見し、急ブレーキをかけハンドルを右に切つて避けようとしたが、〈×〉地点付近において加害車の左側前部ボンネツト付近を同訴外人に衝突させ、同訴外人を〈イ〉地点付近に転倒せしめ、加害車は、〈2〉地点付近に停止したこと。

(6) 訴外斉藤ヤス子は、本件事故直前道路を横断するに際し、左方の交通の安全を確認していないこと。

(7) 本件事故現場の西方約七・五メートルの地点には横断歩道が設けられてあるが、該横断歩道を横断せずに道路を横断する者も絶無ではなく、現に訴外斉藤ヤス子が道路を横断する際も反対側から二名の女性が横断していること。

右認定に反する乙第六号証の記載の一部および分離前の原告斉藤ヤス子本人の供述の一部は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告斉藤幸次は、本件事故現場付近の道路の両側は繁華街であり、本件事故当時道路右側部分には自動車が連続して停止していたのであるから、稀には横断歩道を横断せずに横断歩道以外の道路を横断する者があることは予見できた筈であるにもかかわらず、前方に横断歩道が設置されているので、横断歩道以外の場所を横断する者はないであろうと軽信して、漫然と走行していたため本件事故を発生せしめたものであるから、同被告には民法第七〇九条の責任があるというべきである。

2  被告斉藤チイ

被告斉藤チイが原告に対し、本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償することを約した事実を立証するに足る的確な証拠はないから、原告のこの点についての主張は採用することができない。

三  つぎに、損害について検討するところ、いずれも分離前の原告斉藤ヤス子本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第三号証、同第四号証、同第五号証の一ないし三、原告会社代表者尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第六号証、同第七号証の一ないし五、分離前の原告斉藤ヤス子本人および原告会社代表者各尋問の結果によれば、つぎの事実が認められる。

(1)  訴外斉藤ヤス子は、本件事故により骨盤を骨折し、昭和五一年四月一六日から同年六月一六日までの間今市病院に入院し、同月一七日から同年九月一日までの間同病院に通院して加療を受けていたこと。

(2)  訴外斉藤ヤス子は、本件事故当時原告会社の取締役に就任していたが、取締役としての待遇を受けることはなく、従業員と同様就業規則および賃金規則の適用を受け、単に名目上の取締役にすぎなかつたこと。

(3)  訴外斉藤ヤス子は、加藤ヨウ子とともに原告会社の呉服部を担当していたが、同人は呉服類の販売に対する経験が浅かつたため、同訴外人が欠勤した場合その代りをつとめることはできなかつたこと。

(4)  原告会社の昭和五一年二月の売上高は金二〇三万八、一二五円、同年三月の売上高は金一九六万九、七〇〇円、同年四月の売上高は金一二一万一、七九四円でその一か月の平均売上高は金一七三万九、八七三円であるところ、同年五月の売上高は金三三万九、八七四円であつて右平均売上高に比して金一三九万九、九九九円低く、また同年六月の売上高は金五八万七、二一五円であつて右平均売上高に比して金一一五万二、六五八円低かつたこと。

右認定事実によれば、昭和五一年五月および六月の売上高が減少したことは、訴外斉藤ヤス子が本件事故による受傷の治療のため就労しなかつたことに起因することが推認できる。

ところで、交通事故の直後の被害者に生じた精神的、物質的損害とは別に、その被害者の勤務する会社が加害者に対し、被害者の就労不能に伴う損害を請求し得るのは、被害者とその会社とが社会的、経済的に同一体の関係にある場合に限り許されるべきものであり、換言すれば、いわゆる個人企業(会社)であつて、その経済成績が個人(被害者)の手腕活動に依存するとともに、その企業利益が即個人(被害者)の利益と目されるような関連性、一体性の認められる場合に限られるものと解するを相当とする(最高裁判所昭和四三年一一月一五日判決、同裁判所民事判例集第二二巻一二号二、六一四頁参照)。本件についてこれをみるに、前記認定の事実関係をもつてしてはいまだ訴外斉藤ヤス子と原告会社との間に右のごとき一体性があることが認められず、また他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、原告の請求は理由がないといわなければならない。

四  よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板橋秀夫)

別紙図面 交通事故現場見取図

〈省略〉

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